家業を継ぐことに

建設会社を退職して家業を継ぐことにしました。

田舎に帰って 私の父親が自営していた鮮魚を販売する商店経営を行うことにしたわけです 。

そこでは、まず商品を覚えることから始めていきました。

たくさんの種類があるため、それらの種類や価格帯を覚えるのに相当時間を費やしたように記憶していますが1ヶ月ほど経過すると大体の商品名と価格ラインは覚えることができました。

しかし、家業を継いで数ヶ月が経った頃のことですが、大きな問題があることに気が付きました。

キャッシュフローの状況が悪く、お金の流れがスムーズにいかないため資金繰り面で問題を抱えていました。

家業は廃業し、転職へと進む

この業種で今後も家業を成長させていくことは当時の私にとって非常に難しい課題と感じられましたし、将来的な不安も感じ始めたところでした。

売上高は徐々に減少し、例えば天気が悪い日、台風や大雪の時には商品の入荷がなく、お客様に商品を提供できない状態に陥ります。

こうした状況が続く中、ついに私は店の経営は難しいと判断するに至り、廃業を決断、再度、就職することを決意したわけです。

当時、私は未婚であったため、比較的自由に行動することができる環境にありました。

こうした事情もあって、母親には、転職の意向を伝えると、すんなり了解を得ました。

当時、母親は50代で地方の大手上場企業に勤務というバックボーンがあり、年収800万円ほどあったことから、経済的な心配もありませんでした。

私には弟がいましたが、弟は地元の大学に進学し、自宅通いをしていました。

教育費は弟がアルバイトで稼いだ収入によって十分賄えるものでしたから、こちらも特に心配はありませんでした。

そうした意味では、一般的な家庭と比較して恵まれた環境にあったと思います。

転職活動の際は当時の記憶で「Bing」という転職雑誌があったと思います。

私はその雑誌を定期的に購入し、自宅で就職先を探していったのです。

そして、ある会社に目がとまりました 

東証上場の機械メーカーへの転職

東証2部に上場する機械メーカーでありました。

機械メーカーでありながらOA機器メーカーから出資を受け入れ業務提携し、OA機器もラインナップに加えて卸・小売販売する会社でした。

東京都中央区に本社があり、私は、その会社の中途採用試験を受けたのです。

簡単な筆記試験を受けた約1時間後、すぐに筆記試験の合否判定を告げられ、面接試験に進むことになりました。

面接試験では大学の知名度が恩恵

面接試験で告げられた内容は以下の通り。

面接官「〇〇大学の卒業生ですね。」

私「はい、そうです。」

面接官「それでは、当社で頑張ってください。」

私「えっ!これで合格ですか?」

面接官「はい。採用です。」

私「ありがとうございます。それでは、いつから?」

面接官「逆に、いつから出社可能ですか?」

私「すぐにでも可能です。」

面接官「それでは、本日、この後、健康診断を終えて、来週からでも出社可能です。」

以上のようなやりとりがあって、すぐに就職が決まったわけです。

私が卒業した大学はこの会社にもOBが在籍。

慶応、早稲田などの超有名難関大学には名声で劣るものの、卒業生は概して堅実、旧財閥系企業への就職率が高く、さらに有名芸能人が多数、家庭は裕福かつ上品といった評価がなされていることから、就職に有利に働いたのかも知れません。

一方、この転職が後の私のキャリアの形成をスタートさせる大いなるきっかけになっていったことは間違いありません。

その理由は次回以降でお伝えしたいと思います。